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九州の溯渓

主に九州の溯渓記録を集めたものです。 良かったら覗いていって下さい。

2021GW 大峯奥駈道&三山巡礼 75靡 DAY❻

さて6日目。いよいよ最終日になりました。

今日は那智勝浦を出発して,那智大社~大雲取越~小口(こぐち)~小和瀬(こわぜ)~小雲取口~請川(うけがわ)~熊野本宮という行程になります。

長かった参詣の旅も今日で終わりと思うと,万感の思いですがまだ終わってはいないので,最後まで気持ちを切らさずに前へ進んでいきたいと思います。

行動時間 12時間50分 距離 39.56km 累積標高 1,794m

ではどうぞ。

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左:今日の朝日。今日もいい天気になりそうで,それだけで嬉しくなってきます。

右:いよいよ那智へ。熊野と言えば八咫烏(やたがらす)。咫(あた)は長さの単位ですが八咫で「大きい」を意味するので,八咫烏とは「大カラス」のこと。熊野から大和へ侵攻する神武天皇の道案内をした神鳥です。現代では嫌われ者のように見られることの多いカラスですが,古代では神に仕え,先へ導くものとして見られていました。例えばオーディーンの両肩には二羽のカラスがとまっていますし,イヌイットの伝説ではカラスは天地の創造主であります。畏敬の念を抱かせるような漆黒の体,大空を悠々と飛び回り下界を見下ろすさま,高い知能と学習能力・・・などが相まって,古代では聖なる鳥と見られていたのかもしれませんね。

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左:しばらく車道を走り,ここから右折して山へ入ります。
右:標識は豊富ですので初見でも迷うことはないと思います。

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左:気持ちの良い杉木立。やぱり走るならロードより山ですね。

右:コルの所には尼将軍塔。源頼朝・北条政子夫妻は熊野信仰に厚い人だったようですね。

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左:コルから下れば市野々集落が見渡せます。
右:集落内を抜けていく。

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左:ここから大門坂に入ります。那智大社への入口です。

右:歴史ある杉並木を登っていきます。この坂は距離600mで,標高差140m程を登ります。

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左:早朝の空気と相まって清々しい空気の中の参詣です。
右:ひと登りで駐車場や店が立ち並ぶ場所に出てきます。

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左:かつての賑わいを今に残しています。

右:まさにそうですよね.。和合あってこその平和。自分のことで精一杯で,周囲の人や動植物への思いやりに欠けている人の多い現世で,もっとも必要なことだと思います。思いやりに欠けているのは,心に障害を抱えているのと同じなのかもしれません。

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左:ついにここまで辿り着きました。青岸渡寺(せいがんとじ)。何度も夢想してきた地に今,立っています。

右:定番の青岸渡寺三重塔と那智の滝。やっぱり絵になりますね~。

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左:那智大社の境内。ここにも非常に良い空気感がありました。

右:昨日の速玉大社と同じく,晴れの日によく映えます。2靡・那智山(なちさん)。新宮の速玉大社が過去,ここ那智大社は現世との繋がりが強いので,お願い事をさせてもらいます。

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左:青岸渡寺の右手から古道が上がっていました。

右:まずは那智高原へ向けて幅広の石段登り。境内の喧騒はどこへやら,途端に静かな雰囲気に包まれます。

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左:大雲取越にはこのような石柱が500mおきにあるので良い目印になっています。

右:標高差で200m程登れば那智高原。

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左:予想していた通り爽快な高原です。ここで泊まれたら良かったな~と思います。

右:車道と並走する古道に入ります。

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左:道幅,路面状態,標識など,とても良好で奥駈してきた者からすると至れり尽くせりの道です。

右:走れるところは走ります。

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左:石畳もいい感じ。
右:そして登立茶屋跡の平地を見下ろす。

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左:さらに道は続きます。右下にはずっと車道が並走しています。

右:写真ではたまにしか出てきませんが,この石柱を見つける度に,地形図に正確な場所を落としこんでいっています。

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左:ひときわ急な坂を登ると,

右:舟見茶屋跡展望所。今日のこれまでの行程をまるごと俯瞰できます。舟見茶屋とは言い得て妙です。

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左:ここからは下り基調になるので行程が捗ります。
右:色川辻でずっと並走してきた車道におり,100m程進み,右下へ入る。

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左:谷間を進み,
右:少し登れば,

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左:再び先ほどと同じ車道を横切ります。
右:走りやすくなってから進みが早くなってきました。

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左:そして地蔵茶屋へ。この辺りが大雲取越の中間地点になります。休んでいる人が予想以上にいました。トイレ,四阿,自販機があります。

右:石倉峠は崩壊で通行できず,左回りで林道を迂回するようになっています。

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左:林道を回り込む。
右:ミツバツツジ。

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左:林道を3kmほど走れば石倉峠からの道と合流。
右:植林の中の明瞭な道を登る。

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左:この辺りから標識が変化する。

右:そしてひと登りで越前峠。大雲取越・小雲取越の最高地点(870m)になります。由来は昔は見晴らしがよい場所で,遠くは越前まで見渡せたことからのようです。

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左:越前峠の様子。

右:ここからは下り基調です。麓まで標高差で約800m下ります。

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左:苔むす石段が美しい。
右:胴切坂。急傾斜の下り(登り)になっています。

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左:のちほど小雲取越から眺めますが,斜面がたわんで平地になっており,かつては十数件の旅籠があった場所です。

右:標高が下がったせいか,シダが出てくる。温暖で雨が多いのでしょう。

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左:お次はこれ。
右:岩に文字が彫ってあるようです。

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左:樹間から小口(こぐち)集落が見えました。
右:大雲取越のコース図。

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左:そして登山口へ。
右:これで大雲取越はおしまい。お次は小雲取越へ向かいます。

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左:小和瀬(こわぜ)から,小雲取越に取り付きます。

右:小雲取越のコース図。さて,後半戦の始まりです。大雲取越は最高地点が越前峠の870mでしたが,小雲取越は500m程ですので,行程は捗ると思われます。

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左:民家の脇から山へ入ります。
右:最初は植林帯。

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左:よく整備された石段を登ります。

右:桜茶屋跡までは標高差で約250m程の登りになります。この辺りで請川から歩いてきたと思われる人に4~5人程,出会いました。もう少しですよ。

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左:尾根筋を逸れて,桜茶屋へ向けて横駈(右トラバース)に入ると,走れるようになります。

右:樹間から大雲取越を振り返る。楠ノ久保旅籠跡の辺りは尾根がたわんだ平地になっているのがよくわかります。

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左:そして桜茶屋跡。この辺りから晴天に雲が広がりだし曇ってきました。

右:標識の番号も随分と増えてきました。54番で請川(うけがわ)に降り立ちます。

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左:桜峠までは登り基調で,
右:ここからは尾根筋や山腹を絡みながらのアップダウン区間となります。

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左:石堂茶屋跡を過ぎ,
右:さらに進みます。この辺りは快適に走れます。

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左:向こうからこちら側へ車道を横断します。
右:そして百閒ぐら。

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左:遥か彼方まで峰々が見渡せます。

右:右手を見ると,本宮方面が見えました!今日は何とか日暮れ前には着けそうです。

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左:いや~ここは実に快適な道です。

右:そして伊勢路との分岐。左下に伸びる細道が万才(ばんぜ)峠を経て志古に至る伊勢路,正面の広い道が小雲取越の道になります。

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左:長かった参詣道も,とうとう残り4km。

右:この辺りに来ると様々な思いがこみ上げてきます。身体は汚れてしまっていますが,それとは逆に,心は余計な汚れが落ち,きれいになっているのを感じます。

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左:終わってほしくない気持ちと終わって先へ進みたい気持ちとの葛藤が起きます。

右:8枚用意した地形図に辿った行程を赤で線引きしてきましたが,それもあと僅かになりました。

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左:今,山を抜けました。

右:再び熊野川へ戻ってきたときに目に入ったこの光景を,一生忘れることはないでしょう。

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左:民家の軒先を抜け,請川に到着。
右:あとは3km。万感の思いのジョグとなりました。

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左:熊野は,再生とよみがえりの地。ここから未来が始まります。
右:一昨日は暗い中,今日は明るい中で,商店街を走ります。

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左:そして1靡・本宮大社。またしても17:00の閉門に間に合わず。参拝は三度目の正直ということで明朝になりました。

右:お疲れ様。よくぞ無事にたどり着けました。こんなに登ったのは人生で初めてです。

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左:辿った距離以上のものが,ここにはありました。

右:そして今宵の宿は,「ゲストハウス・結」さんにお世話になります。実は,当初,何があるかわからなかったので,宿は予約していませんでした。しかし,遅くなる前に着いたので急遽,宿探しに入りました。

しかし,該当する5件の施設に電話するも,「今日は満室です」とか,電話が不通だったりと一向に目途がたちません。そんな中,これが最後と思ってかけた所が「ゲストハウス結」さんで,なんと1室は空いているとのこと。最後の一件で,名前が「結」。これもきっとお導きだな,と強く感じたのを今でも覚えています。

翌朝,

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左:大斎原(おおゆのはら)と,

右:三度目の正直で熊野本宮大社に参詣。速玉で過去の清算,那智で現世のご利益,そしてここ本宮では来世への生まれ変わりをお祈りします。ここまでけがなくお導き頂き,本当にありがとうございました。

これにて2021GW大峯奥駈道&三山巡礼 75靡の旅は終了。
総距離 207.1km 累積標高 13,368m 5日と18時間29分。

また一つ,生涯で忘れえぬ思い出を頂けて感謝です。この巡礼で強く思い感じた,感謝と謙虚。日常の生活の中でも失わずに,明日からを歩んでいきたいと思います。

最後まで通読してくださった方,こんなマニアックな体験記にお付き合い頂き,ありがとうございました。

★次回は沢をお送りします。場所は大野川源流域になります。

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2021GW 大峯奥駈道&三山巡礼 75靡 DAY❺

さて5日目。

今日は本宮からロードを20km走り,道の駅・熊野で舟下り。新宮に着いたら速玉大社と神倉神社に参拝して,補陀洛山寺のある那智勝浦まで海沿いの道を約16km。これまでに比べると観光的なランになります。

昨日がハードだったので今日は心理的には休み的な位置づけです。明日は勝浦から那智大社を経て大雲取越,小雲取越を経由して本宮まで行くハードな日になるので,食事をたっぷりと摂り,英気を充分に養います。

行動時間 12時間20分 距離 55.06km(舟下り18km含む) 累積標高 395m

ではどうぞ。

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左:早暁の大斎原(おおゆのはら)の大鳥居。
右:今日は朝から快晴。期待が高まります。

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左:対岸に昨夜降りてきた場所を眺める。
右:熊野川に沿って朝ジョグの開始。

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左:請川の小雲取越口。明日,ここに降りてくる予定です。

右:来し方を振り返る。川幅が水流部に比べて以上に広いのは暴れ川である証拠。増水したときは凄まじいんでしょうね。

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左:2つほどトンネルを抜けていく。
右:日が昇ると気温も上昇。今日は20度は軽く超えそうな予感。

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左:本宮から20,5km,3時間30分,道の駅・熊野に到着。早く出発したので余裕をもって到着。行程上の関門に間に合って良かったです。

右:2011年(H23)の紀伊半島大水害の時,熊野川の最高水位はあそこまで(8.2m)上昇し,この辺り一帯は全部水没の憂き目にあったようです。それにしても凄まじい増水です。

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左:準備ができ,乗船のときです。

右:船は3艘で,「速玉」,「神倉」,「八咫烏(やたがらす)」。行く前からそうでしたが,今回の旅は呼ばれている感覚がありましたし,八咫烏の舟に乗ったことも偶然ではないように感じます。神武天皇のときと同じように,八咫烏に本宮まで案内してもらえればと思います。

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左:右岸に懸かる葵滝。舟上から見える滝では最大のもののようです。
右:熊野権現に切られた鬼の骨岩だそうです。

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左:骨岩に上陸し休憩します。
右:昼嶋。

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左:支流の水の透明感には素晴らしいものがあります。

右:かつては本宮から新宮まで川舟で下っていたようですが,現在では道の駅からのみのようです。この区間は田辺市から伸びる熊野古道の一つである中辺路(なかへち)の一部になるので,世界遺産の川の参詣道になります。というわけで熊野川は世界遺産の川ということにもなります。何もしなくても進むっていいもんですね~。やんごとなき身分を味わうことができます。

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左:途中ではエンジンを止めて艪漕ぎに切り替え,篠笛の音色に耳を傾けます。目を閉じると昔に思いを馳せることができます。各所での解説に加え,こういった演出など,このツアーはとても練られていますね。申し込んで本当に良かったと思います。

右:柱状節理。この辺り一帯が酸性岩であることを物語っています。九州視点で見ると,尾鈴山系の地層が広大な範囲で広がっているイメージです。

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左:熊野川を下ること約18km(実走距離),ついに三角形の千穂ヶ峯が見えてきました。そして河原に到着。1時間30分の舟による参詣道でした。

右:下船後,車で来ている人は迎えのバンで出発地に戻るのですが,そうでない人はそのまま行く先に向かいます。行き先とは・・・そう,ここです。3靡・新宮。

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左:真っ青な空に朱色の社殿がよく映えます。ここでは,過去のことを清算して,現世の那智,そして来世の本宮,へと向かいます。三山巡礼をおこなうことで過去から未来へと,一度,精神的な面での生まれ変わりを果たすのです。

右:いや~境内はあきらかに空気感が違い,素晴らしい場所でした。

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左:またいつの日にか訪れたいものです。
右:お次は神倉(かんのくら)神社。ここは新宮発祥の地でもあります。

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左:奥駈道並みの急な石段を登ると,

右:ごとびき(かえるの意)岩。ここが神が降臨したと言われている場所です。巨石や巨木の中に神仏を見てそれを信仰する自然崇拝(アニミズム)は太古の昔から,世界中の人々の間で広まっていました。まあ,多少の違いはあっても同じ人間ですからね。

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左:ここからは新宮市が見渡せます。今日は本当によく晴れてくれました。
右:そして下山。

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左:市街地から見ると,左のネット上に社殿とごとびき岩が見えています。ちなみに新宮の名前は,熊野の本宮に対する呼称ではなく,旧社地(古宮)であった神倉神社に対して,速玉大社が新社地(新宮)になったことからの由来です。そういう意味でも速玉大社と神倉神社は,ぜひとも訪れておきたかった場所でした。

右:さて,那智へ向けての巡礼再開です。市街地を抜けて王子ヶ浜へ行き,そこから海岸線を南下します。今日は那智勝浦まで約16kmの行程です。コンビニで久々にまともな食事をとり(3人分の弁当を完食),これからに備えます。

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左:この砂地の海岸は苦行そのものでした。照り付ける日光に晒され,足元は踏ん張りがきかず不安定。これが約1,6kmも続くのですから,横を通り過ぎても一向に視界から消えない列車を見ながら,その長さに我慢を強いられました。

右:海岸線を抜けたら,高野坂に入ります。

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左:途中で振り返る。先ほど歩いてきた海岸線が美しく見えます。それと潮騒の音。山中を奥駈をしてきた者からすると,この海の感じは何とも言えず心地よいものに感じます。まさに白砂青松という感じです。

右:歴史を語る石段です。

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左:坂の先は三輪崎の町中を辿ります。途中に弁慶出生地と標識があるのを見ました。彼の出生地候補の一つに和歌山があるのは知っていましたが,まさかここだったとは。

右:42号に合流し,しばらく並走します。しかし,今日は暑い。山では寒い寒いと思い,里では暑い暑いと思う。私は何と身勝手なのかと反省しきり。まだまだ修行が足りません。

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左:いよいよ那智勝浦へ入ります。

右:たまにこのようなものを目にします。国際的な表記がいいですね。多くの方に参詣道を歩いてもらいたいものです。

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左;42号を逸れて七反田集落に入り,小狗子(こくじ)峠を越えます。

右:再び42号。小狗子峠を振り返る。気になる名前の由来ですが,史書によると元々は「小鯨峠」だったようです。この辺りは太地町にみられるように鯨との関りが深い土地柄ですから,鯨との関りの歴史から,または,峠の形状や規模などからの命名でしょう。

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左:さてお次は,42号を逸れて旧道に入り,大狗子(おおくじ)峠越に入ります。

右:案内がしっかりしているので初見でも迷わないと思いますが,少々入り組んでいます。ここは右斜め上の山道に入ります。

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左:歴史ある石段を登ると,
右:峠を越えます。ここも旧名は大鯨峠。さっきの小鯨峠と同じです。

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左:三度42号へ。勝浦まであと2kmほどになりました。

右:今回は,これだけ走って(歩いて)も,脚や顔の浮腫みがほとんど出ておらずまだ普通に動けます。昨年の九州大縦走の時とは大違いで,人って適応していくんだな~と思いました。

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左:42号を逸れて浜ノ宮集落を抜けていくと,
右:今日の目的地である補陀洛山寺(ふだらくさんじ)。

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左:ここまでのお導きに感謝するとともに,明日への願掛けをさせてもらいます。

右:浜ノ宮海浜公園。よく整備されており,快適な場所でした。

という感じで今日も無事に目的地にたどり着け,感謝です。久々の人里,ロードということでほどよく力の抜けた日でした。

さて,いよいよ明日は最終日,那智大社から大雲取越と小雲取越を経て再び本宮に参る日です。ここまで5日かけて来ましたが,長い行程も終わってみると本当にあっと言う間でした。最後まで謙虚な心で参詣道を辿らせてもらいたいと思います。一番の敵は「慢心」と「油断」。これらを克己してこその満願成就でしょう。

★次は,那智大社~大雲・小雲取越~本宮をお送りします。今回の旅もいよいよ大詰めです。
    
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2021GW 大峯奥駈道&三山巡礼 75靡 DAY❹

さて4日目。

昨日は持経宿までの短縮行程でしたので,今日は一気に本宮まで頑張る日になります。懸念されていた雨は上がり風は相変わらず強いですが,天気は回復傾向に向かっているので気は楽です。

今日は長い一日になりますが,最後まで気を抜かずに楽しみながら頑張りましょう。

行動時間 16時間20分 距離 38.97km 累積標高 3,361m

ではどうぞ。

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左:持経宿の屋内。暖かい一晩をありがとうございました。
右:朝焼けの持経宿。

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左:外に出てみるとちょうど朝日が昇りつつありました。1日振りの太陽ですが,やっぱり陽光は偉大ですね。陽光を浴びるだけで生気が漲り高揚してきます。大日如来,天照大神,アポロ,ケツァルコアトル,ラーなどなど,太陽を最高神とする気持ちは,人間であるならば世界共通なのでしょう。物質的な物を与えなくてもその存在だけで周囲に生気を与えることができるというのは,本当に凄いことだと思います。こういった,日ごろ忘れかけている大切なことを気づかせてくれるので山はやめられません。

右:今日もどうかよろしくお願いいたします。無事にお導きください。

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左:さて出立。まずは林道を少し走り,三差路付近から尾根に上がり込みます。行く末にはこれから辿る峰々が一望できます。

右:持経千年檜。風格のある立派な樹でした。

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左:左手(池郷川方面)に太陽を望む。昨日の荒天の後だからこそ,今日の太陽は非常にありがたい。

右:平治宿の手前で発見。ここから新宮山彦ぐるーぷの方々の整備が始まったのですね。千日回峰行になぞらえて「刈」峰行とする辺りは素晴らしい言語センスだと思います。長年に渡る陰徳善事,本当に感謝しかありません。ありがたく辿らせてもらいます。

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左:尾根道を快適に走ること40分で,

右:21靡・平治宿。まずは第一チェックポイント到着。ここから本格的な峰越の開始です。

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左:平治宿からひと登りで転法輪(てんぽうりん)岳。山頂付近から行く末を眺める。転法輪とは仏が教えを説くこと。頂上にあった石の上で教えを説いたのでしょうか。

右:急登をこなし,

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左:倶利伽羅(くりから)岳。倶利伽羅とは剣に龍が巻き付いた彫り物のこと。修験道の本尊である不動明王のシンボルです。

右:アケボノツツジ。しとやかですね。

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左:ヤマツツジ。う~ん,これも色鮮やかでした。

右:白谷トンネルが足元を通るコルに下り,少し登り返すと,20靡・怒田(ぬた)の宿。ここから行仙岳への本格的な登りとなります。

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左:来し方を振り返る。
右:ひと登りでアンテナ施設が見えると,

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左:19靡・行仙岳。75ある靡もとうとう20を切るようになりました。

右:行仙岳から少し下れば行仙宿山小屋。今回は泊まれませんでしたが,一度は泊まってみたい山小屋です。規模は持経宿の約2倍で,快適な小屋のようです。

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左:真新しい天板。あ~これが持経宿で新宮山彦ぐるーぷの方が言ってたやつだな。靡の標板やこういうものの作成依頼は彼の元に来るそうです。

右:ついに本宮の文字が頻繁に出てくるようになる。はるばる来たことを実感。

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左:笠捨山本体までは6つほどの小コブの登りがあります。
右:ここのミツバツツジが色が濃いので見応えがあります。

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左:そしていよいよ笠捨山本体への登り。標高差で150mほどです。ちょうど登り始める所から右に分岐する巻道がついていました。笠捨山を下った先にある葛川辻に通じているようです。また,笠捨山は東峰と西峰があるようです。

右:登り切り左の東峰へ向かうと反射板が設置されている。

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左:東峰から辿ってきた峰々を眺めます。

右:こちらは行く先。玉置山が遠くに確認できました。あそこを越えれば本宮への道が見える。

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左:もう言葉は要りませんね。

右:そして笠捨山本峰(西峰)。18靡・笠捨山。名前の由来は,西行法師が寂しさから笠を捨てて逃げ出したことによるようです。

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左:本宮までまだ28kmもありますが,一歩一歩です。虚心坦懐で走ります。
右:お次の目標は地蔵岳。

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左:17靡・槍ヶ岳。登りの途中にある小岩峰です。
右:鎖場も出てきます。

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左:そして地蔵岳山頂。

右:さらに進むと,足元が切れ落ちた場所へ。有名な5mの鎖場です。昨夜の持経宿でここのことを難所だと散々聞かされてきましたが,高さはあるもののスタンス豊富で何てことありませんでした。傾山の五葉塚の鎖場の方が遥かに難易度は高いです。

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左:件の鎖場を降りてから眺める。少し身構えていただけに拍子抜けした感じです。やはり感じ方というのは人それぞれですね。

右:ここからは再び走りやすくなります。16靡・四阿宿。笠捨山から東進してきたコースは,ここで左に折れて本宮までは南進するようになります。

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左:15靡・菊ヶ池と

右:14靡・拝返し。この2つの間は20mほどしか離れていません。熊野からの順峯ではここで振り返り,本宮を拝んでいたようです。

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左:来し方を振り返る。このすぐ先が13靡・香精(こうしょう)山。

右:見事なアケボノツツジ。九州のものよりやっぱり色が濃いので青空に良く映えます。

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左:標高が下がってきたので里山的になってくる。
右:植林帯を駆け下る。

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左:古屋の辻。右に下れば21世紀の森。ここは1889年(明治22年)に起こった十津川大水害の時の跡地に作られたものです。北海道の新十津川村,21世紀の森,熊野本宮の大斎原(おおゆのはら),十津川大水害のことを知れば,これらの言葉は一気に繋がります。こういうところが歴史や学習の醍醐味ではないでしょうか。

右:12靡・古屋宿。右下の平地がその跡だと言われています。

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左:少し登れば,11靡・如意珠岳。ちなみに如意(宝)珠とは,あらゆる宝を降らせることのできる珠(たま)のこと。

右:さらに下り続け,

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左:久しぶりの車道へ降り立ちます。ここは如意珠岳と玉置山のコルにあたります。ここからは車道と交錯しながら玉置山まで登っていきます。標高差で約400mあります。

右:残りの断面図。実際にはアップダウンが多く,それが最後の最後まで続きます。

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左:道を逸れて山に入り,
右:しばらく走ると,

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左:再び車道へ。この繰り返しで登っていきます。
右:花折塚への登り口。

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左:花折塚の前を通る。
右:ほどなく玉置山展望台。

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左:来し方を振り返る。いつになるかはわかりませんが,次は熊野からの順峯でたどってみたいと思います。

右:世界遺産の記念石。

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左:かつえ坂の入口。玉置山へ向けて最後の登りです。名前の通り,今は飢(かつ)えている状態なので,駐車場の売店へ急ぎたいところです。

右:尾根筋はきれいなブナ林で傾斜もほどほどなので快適に登って行けます。

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左:累積標高がとうとう10,000mになろうとしている。大台に乗るのはもちろん人生初。

右:シャクナゲの林を抜けると,10靡・玉置山。

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左:いよいよ本宮が射程に入ってきました。

右:山頂から駐車場へ急行。お目当ての売店は営業しており安堵。ごはん+うどんセット×2を注文し完食。これまでの食事に比べると何とも贅沢でした。これで本宮までは大丈夫。

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左:お次は玉置神社へ向かいます。
右:行きしなの参道。

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左:これまた貫禄十分なたたずまい。
右:ここは熊野本宮の奥の院にあたります。

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左:境内にある杉の巨木。
右:神社前から左下に下るのが奥駈道になります。

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左:こんな感じの山腹を標高差で約230mほど下って,
右:車道と交差する玉置辻。

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左:この区間がわかりづらかったですが、向かいの作業と絡みながら進みます。奥駈道は作業道のすぐ下に並走するようについています。最初は奥駈道→作業道に上がり進む→再び右下の奥駈道を進む→作業道終点で合流→山道へ,という具合です。

右:長かった奥駈道もいよいよ最後の区間です。

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左:大森山へ向けて登っていきます。

右:途中で右下に折れて下ると,9靡・水呑宿。本線から外れているので来る人はいないだろうと思っていましたが,先人の足跡がしっかりと残っていました。靡もいよいよ一桁に。感慨深いものがこみ上げてきます。

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左:この大森山への登りが予想外でした。急登で疲れた脚には堪えます。

右:尾根筋から山麓を見下ろす。熊野三千六百峰と呼ばれる山々もずいぶんと小ぶりになってきました。

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左:そして山頂。
右:大森山を越えたら下り基調の道を勢いよく駆け抜けます。

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左:8靡・岸の宿を越え,五大尊岳の急登にかかります。ここに来てもまだこんな登りがあるのが南奥駈です。

右:そして7靡・五大尊岳。ここは南北の双耳峰になっており,ここは北峰になります。

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左:樹間から行く末を眺める。とうとう本宮が見えました。が,なんだあの登り返しの山は・・・。そうです,ここに来てもまだ大黒天神岳の130mの登り返しなんかがあるわけです。最後までしっかりと登り返しをさせられるところは,精神的な修行そのものです。

右:ガーッと一気に下り,6靡・金剛多和。ここは六道の辻と言う場所でもあります。ここで持経宿で同宿していたトレランナーさんと再会。予定通りここで泊まるようです。ここは水も簡単に取れるし,平地もあるので泊まるには良い場所です。UTMB(ウルトラトレイルモンブラン)やTJAR(トランスジャパンアルプスレース)などを話題に言葉を交わしていきます。またどこかのトレイルでお会いしましょう。

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左:六道の辻からひと登りで5靡・大黒岳。
右:この辺りからランプ走になります。

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左:送電線が尾根を横切る地点は展望が利き,右下に熊野川の流れと大居集落を望みます。

右:下って山在(さんざい)峠。車道と交差します。

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左:山在峠から少し登って,4靡・吹越山。
右:吹越山から少し下って吹越宿跡のところで再び車道を横切ります。

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左:そこからだらだらした坂を登らされます。まだ坂があるんかいなという心境です。

右:坂が終わり少し下れば吹越峠。ここは峠というより,下りの途中にある感じです。

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左:そして作業道に出る。
右:広場でキャンプをしている人達を横目に七越峰へ。

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左:七越峰からは車道がありますがあくまで奥駈道を忠実に辿ります。最後に156mピークの登りを辟易しながらこなし,あとは尾根筋の道を下れば,順峯の起点着。やった~到着です。

右:熊野川へ行き,身体を清めます。本来なら明るいうちに渡渉したかったんですが,この時間帯で濡れるのはリスクがあるので今回は備崎橋から回り込むことにします。

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左:本当にここまで来たんだな~と実感する瞬間。

右:そして熊野本宮大社着。開いているのは8:00~17:00までのようで,今日は残念ながら参拝できず。明後日に持ち越しです。

という感じで無事に本宮まで辿り着けました。まだ明日から三山巡礼が残っていますので満願成就とはいきませんが,大峯奥駈道の逆峯はこれで終了となります。
総距離111,02km 累積標高11,168m 3日と21時間39分。

予定では夕方頃に下山して食料を買うつもりでしたが,もう21時を過ぎており辺りはし~んと静まり返っているので,今晩の食事はエネルギーバー1本だけとなります。人里にいるのになんとも侘しい限りですが,明日からまた熊野三山を巡る旅が始まると思えば気持ちは充実してきます。明日,明後日の天気は完全に回復するようなので,楽しみながら走れそうです。

★明日は,本宮~道の駅・熊野~新宮~補陀洛山寺(ふだらくさんじ,那智勝浦)までをお送りします。

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2021GW 大峯奥駈道&三山巡礼 75靡 DAY❸

さて3日目。

本日は前鬼周辺の靡を巡り太古の辻へ登り返し,いよいよ後半戦となります。ラジオの天気予報では,お昼頃から崩れるということだったので,なるべく足早に進もうと思います。予定では笠捨山手前にある行仙宿山小屋まで行けたら御の字ということで。

行動時間 10時間12分 距離 14.99km 累積標高 2,542m

まさかあんあに荒れるとは思っていませんでした。

ではどうぞ。

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左:今朝は快晴。気持ちの良い朝です。
右:宿泊した寝間。朝までぐっすり眠れ疲れもとれました。

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左:同宿の2人を見送ってから出発します。

右:すでに行を始められている方々。お勤めご苦労様です。若い方の方とは大峯のトレランの話で盛り上がりました。

この前鬼周辺には靡が集中していることからも,この地が一大行場だったことが伺えます。釈迦ヶ岳,深仙宿,聖天の森,五角仙,大日岳,二つ岩,千草岳,小池宿,三重滝,蘇莫岳など全部で75ある靡のうち,この地域だけで10の靡が集中しています。また,靡を訪れる順番も多少前後することも特徴的です。(33靡・二ツ岩→30靡・千草岳など)

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左:まずは小池宿へ向かいます。
右:取水パイプを辿り谷へ向かいます。

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左:尾根に取り付き,急登を一気に登っていきます。
右:シャクナゲがあちこちに咲いており,目を楽しませてくれます。

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左:尾根まで登り左折,少し下ると黒谷峠。ここから右下の谷へ下っていきます。全般的にテープがあるので,辿りやすくなっています。これも新宮山彦ぐるーぷさんのお陰です。ありがとうございます。

右:支谷を下り,池郷川本流へ向かいます。この池郷川,沢屋には知られた谷で関西きっての険谷なんです。あの池郷川の上部に行けるとは,沢屋として嬉しし限りです。

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左:本流を右岸に渡り少し下流へ歩くと,

右:31靡・小池宿。池郷川上流の地形が緩い場所にありました。水も取れるし平地なので宿としては最高の立地ではないでしょうか。熊野からの順峯では,あとから通る嫁越峠から峰伝いではなく,この小池宿に降りて先ほどの黒谷峠経由で前鬼へ至っていたようです。確かに地形図をみてもこれが最短で最も効率的なルートだとわかります。

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左:帰路。左手の杉木立を覚えておいて下さい。あとで尾根上から見下ろします。周囲が自然林の中,ここだけ杉林となっているのは,おそらく昔の人が目印的な役割を持たせるために植えたものでしょう。

右:再び黒谷峠へ登り返し,

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左:前鬼へ下る。昨日,通過した釈迦ヶ岳周辺がよく見えています。

右:このルートには実に多くのシャクナゲがありました。同宿の人の話によれば,前鬼からこの尾根を登り石楠花岳へ登る石楠花尾根ルートは,前鬼から最短で主尾根に出られるようです。

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左:小仲坊に戻り,今度は前鬼三重滝を目指します。
右:この頃から空には一気に雲が広がり始めてきました。

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左:ひと登りで閼伽坂(あかさか)峠。ちなみに「閼伽」とは仏教用語で「水」を意味します。

右:標高差で200m程下り,前鬼川へ。見事な水色です。増水しているにもかかわらずきれいなままでした。ここは沢登りできても面白そうですね。この状態では渡渉は危険なので,ここで折り返します。28靡・三重滝。

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左:太古の辻への登りでは,先ほどの閼伽坂峠から上へ伸びる閼伽坂尾根を登ります。これを登ると,先日通った33靡・二つ岩の50m程手前に出ることができます。

右:いよいよ雨が本格的に降り始めてきました。雨に濡れる花もまた一興です。

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左:ガスがかかると幽玄さが増します。
右:この尾根はスッキリとしていて辿りやすいです。

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左:周囲を楽しみながら登っていきます。
右:木立の密集する尾根を越え,最後の急登をこなすと,

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左:前鬼からの道に合流。
右:右に50mも行けば33靡・二つ岩です。

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左:この辺りの雰囲気は,屋久島の淀川周辺の歩道にそっくりです。
右:谷へ出て左折する辺りから,次の靡へ向けて右トラバースします。

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左:やっぱりここのミツバツツジは色が濃いですね。冬の寒さが影響しているのでしょう。

右:小沢を3つ横切ると大日岳東尾根に出て,この岩場を越えると,

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左:34靡・千手岳です。晴れていればここから山頂までクライミングする予定でしたが,この状況では危険度が高いので次回にとっておきます。岩は花崗斑岩ですので乾いていればフリクションが利くので問題ないでしょう。

右:来た道を引き返し(往復で45分程でした)再び,太古の辻へ登り返す。雨は益々激しくなってきます。

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左:そして太古の辻へ。ここに上がった瞬間,雨に加え,西からの猛烈な風にさらされます。今冬は風速を体感でわかるように風速計で練習してきたので,感覚でだいたいの強さはわかるようにしてきました。その感覚からいくと風速15m前後という感じです。瞬間的ならまだしもこの強さで吹き続けているので,これからはまさに修行の道となりそうです。

右:南に入った途端,踏み跡はか細くなります。「こんなんでいいの?」というくらい細道です。まあ,全体的に見れば奥駈の主流は吉野~前鬼の区間ですから,仕方ありませんが。

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左:32靡・蘇莫(そばくさ)岳を通過。左下に今朝がた訪れた小池宿を見下ろすことができます。前述の杉木立が目印です。上から見ても昔の人はいい場所に宿を構えたなと思います。

右:来し方を振り返る。頭上では雨に加え雷鳴まで轟くようになりました。くわばらくわばら。

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左:本宮へ続く山道を無心で辿る。
右:27靡・奥守岳。ここから左折して下りに入る。

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左:下る途中,登り返す地蔵岳(子守岳)を眺める。南奥駈は北のようにピークを巻く道はなく,ほぼ全て直登そして直下降,を繰り返していきます。まさに修行です。

右:そしてコルである嫁越峠。次回はぜひここから小池宿経由で前鬼へ行ってみたいものです。

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左:登りきると地蔵岳。ここは26靡・子守岳。風雨は益々勢いを増してきました。この状態なら今日は持経(じきょう)宿までだな。短縮した分,明日頑張ろう。

右:ガスの切れた瞬間に行く末を視認。奥の証誠無漏(しょうじょうむろう)岳から左に行けば,今宵の宿である持経宿はすぐです。

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左:この嵐の中でもミツバツツジは美しく咲き誇っていました。

右:いや~見事な咲きっぷりです。

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左:25靡・般若岳を過ぎ下ると低多和(ヒクタワ)へ。ここに23靡・乾光門がありましたが???。これはどうみても違うでしょう。次に登る涅槃岳が24靡として確定していますので,23靡は涅槃岳より南の証誠無漏岳だと思われます。またここで,一昨日(1日目)に山上ヶ岳手前で会った登山者と再会。今日は持経宿までというので,あとで同宿することになりそうです。

右:そしてひと登りで24靡・涅槃(ねはん)岳。ちなみに涅槃とは煩悩が消え智慧の完成した悟りの境地のことです。

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左:そして23靡・乾光門(証誠無漏岳)。証誠無漏(しょうじょうむろう)とは,妄念がなく真実を証明すること。

右:下りに入るとトサカ尾と呼ばれる急な鎖場が出てくる。ここだけ急になるので意外でした。

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左:そしてコルから登り返すと阿須迦利(あすかり)岳。なんか山ごとに宗教名ばかりなのが大峯感が出ています。ちなみに阿須迦利とは,簡単ではないの意。熊野からの順峯で来た場合,持経宿からここまで標高差で200m程の急な登りになるので,その辺りからの命名ではないでしょうか。

右:晴天でも荒天でも動じずに咲く花に,泰然自若の真意を思い知らされます。

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左:雷鳴が轟き辺りが急に暗くなったか思えば,今度はバチバチと霰まで落ちてくる始末。この標高で霰なら,標高の高い八経ヶ岳や弥山などでは雪になっているんじゃなかと思う。そんな中,少し下って持経宿着。屋根から出る煙を見た瞬間,ほっと安堵した感覚は今でも強く残っています。

右:22靡・持経宿。

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左:夕食は前鬼で購入したお弁当。ありがたく頂きます。

右:宿内の様子。この日は他の奥駈者との同宿となりました。一人一人のスペースも十分にあり,安心して過ごせそうです。志納金は2,000円~300,000円の範囲内で,と言う新宮山彦ぐるーぷの方。関西の人らしく口達者で面白おかしく色々なことを語ってくれました。

という感じで,今日も無事に修行を終えることができました。まずはそのことに感謝です。

いや~しかし今日の悪天はまさに春の嵐(メイストーム)で,いい試練を与えてくれました。このような状況は修行の質を高めてくれますので,本当に充実していました。後に下界のニュースでは,この寒気によりアルプスなど東日本の各地の山岳で遭難者が多数でた模様です。酸いも甘いも知らないと味わい深い人生にならないのと同じで,晴れの日も嵐の日も知らないと自然の本質を知ることはできないと思います。そういう意味では,この時期の山は冬と春が同居していますので,冬山の経験が必要になってきます。

今日の行動が短縮された分,明日は頑張る日になりました。予定では一気に本宮まで行きたいと思います。天気が少しでも回復してくれることを祈りつつ眠りに入ります。

奥駈も半分が終わり,いよいよ後半戦になります。まだ完走は見えませんが,一歩一歩確実に進んでいきましょう。

★次回は,持経宿~本宮をお送りします。

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2021GW 大峯奥駈道&三山巡礼 75靡 DAY❷

さて今日のコースは,山上ヶ岳から前鬼・小仲坊までで,奥駈前半部の核心地域を通過する予定です。昨日が山上ヶ岳まででしたので今日は頑張って駈ける日です。

昨日の雨はすっかり上がりましたが,早朝はガスと北西風が強い状態です。予想通り昨夜は寒さと濡れであまり眠れず,2時間おきに目が覚めては身体をさすって温めてまた寝るの繰り返しでした。待ちに待った出発の時です。

行動時間 15時間41分 距離 32.56km 累積標高 2,962m

長くなりますが,ではどうぞ。

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左:寒さであまり寝られないので予定を早めて3:00スタート。まずは軽く下って66靡・小笹の宿へ。ここは真言宗醍醐寺三宝院(当山派,吉野)にとって重要な儀式の場であり,かつては山上ヶ岳よりも賑わいを見せた宿だったようです。建物の跡とみられる平地がたくさんあり,豊富な水も得られる,貴重な場所です。

右:いつものようにライトをつけてのナイトラン。

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左:65靡・阿弥陀森のところで結界を抜けます。すぐに64靡・脇ノ宿跡で,大樹の根元に秘伝(ひで,行場に納める木板)が納められていました。

右:大普賢岳のシルエットが月夜に浮かびます。北西風が強烈ですので清風明月とはいきませんが,心穏やかに走れています。

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左:そして待ちに待った日の出。

右:昨日の雨天を経たからこそ味わうことのできる喜び。今日もよろしくお願いします。

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左:大普賢岳の手前から左折,次の靡を目指し下っていきます。眼下には小普賢岳の岩塔が聳えています。ちなみに小普賢岳は2つあり,一つは主尾根上の大普賢岳手前のピーク,もう一つは今見えている支尾根上の岩塔になります。

右:主尾根から標高差で300m程下り,62靡・笙の窟(しょうのいわや)。ここは奥駈を開いた役行者が最初に行をおこなったとされる場所で,数ある靡や窟の中でも特に重要な場所です。チャートのオーバーハングした岩壁の下にありました。

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左:そして登り返し。たかだか300m程ですが,急傾斜の中,梯子や鉄橋を渡っていきます。

右:大普賢岳への登り。朝の空気が心地よい。

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左:こんな場所も出てきます。とにかく急登です。
右:そして主尾根上の分岐へ戻ってくる。さて,ここから再び南進です。

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左:進むこと5分で,63靡・大普賢岳。遠目からでもよくわかる三角錐の尖峰です。

右:今日の行く末を一望。左奥の釈迦ヶ岳を下った先に太古の辻(奥駈の中間地点)があり,そこから左に下ると前鬼に至ります。まだまだ先は長い。焦らず目の前の一歩一歩を大切にしていきましょう。

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左:尾根上の草地を景色を堪能しながら走る。いや~やっぱり晴天は最高です。61靡・弥勒岳を過ぎるとサツマコロビの急坂や屏風横駈を経て,60靡・稚児泊の平地に至ります。

右:ここは過去からの思いが受け継がれている場所です。

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左:来し方を振り返る。右下の日本岳手前の岩壁下に先ほどの笙の窟があります。浸食に強いチャートが織りなす峻険美です。チャートは堆積岩の一種で,通常4,000m以上の深海で形成されます。主成分は二酸化珪素で水晶やガラスと同じで(なので濡れると極端に滑りやすくなります),この成分を含む海中生物の死骸が積もってできます。それゆえ風雨による浸食に強く,このような岩峰や岩壁となって露出することがあります。また,形成されるのに時間がかかるので,厚さ1cmになるのに約1万年ほどかかるようです。遥か太古の昔に深海で生まれたものが,変動で現在は山上にあるところに地球地質学の壮大なドラマを目の当たりにする感があります。

右:尾根筋の岩場にはこのような橋もある。

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左:尾根筋の岩場を進んでいくと,59靡・七曜岳。狭い尾根上にありました。

右:七曜岳を越えると岩場がなくなり,走りやすい尾根筋へと変わります。実際に越えてみると,弥勒岳~七曜岳の区間は岩場の連続する険しい区間であることがわかります。厳しいということはそれだけ負荷がかかりますので,良い行を行えるとも言えます。

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左:明るい尾根走り少し登れば58靡・行者還(ぎょうじゃがえり)岳。名前の通り,熊野からきた(順峰)行者がここの南壁を見上げて帰りそうになったと言われる場所です。

右:山頂を左から回り込んで下ると行者還小屋。ここから道はさらに走りやすくなり,行程が捗ります。

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左:足元には春を知らせるバイケイソウ。ここの尾根の一部に石灰岩が露出していました。この辺りはずっとチャート主体でしたので珍しかったです。

右:いや~快適快適。57靡・一の多和を通過。多和(たわ,撓とも)とは古事記にも出てくる古代日本語で,今でいう峠のような場所のことを指します。

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左:右手にはこれから登る弥山と八経ヶ岳が見えてきた。

右:上北山中前バス停への分岐で道は右折,弥山へ向けて西進するようになります。この辺りは下に行者還トンネルが通っており,そこから八経ヶ岳を目指す登山者が多いようですね。この辺りから途端に出会う登山者の数が増えてきました(結果的に30人程の人を見かけました)。ちなみにここまでで出会った登山者は2人のみです。

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左:56靡・石休宿。

右:標高が上がってきたせいか,シラビソの森が出てきました。九州ではお目にかかれないので,嬉しくなります。あのツ~ンを鼻奥を刺激するテルペンの香りは,高山を思い起こさせてくれます。

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左:そして弥山の登りの途中で,55靡・講婆世宿(こうばせのしゅく)。ここには理源大師聖宝の像があります。彼は役行者が開いた大峯の修験道の復興に尽力した人物で,小笹の宿でも紹介した当山派(真言宗,吉野)の祖でもある人物です。奥駈の歴史を知る意味で重要な人物の一人になります。この辺りから弥山へかけては「聖宝八丁」と言われる,標高差350m程の登りになります。

右:こんな感じです。昨日とは打って変わって上がる気温や脚の疲れから,なかなか思うように登れません。

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左:頂上台地に近づくと傾斜が落ち,再び気持ちの良いシラビソ林に。
右:そして到着。

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左:三角点のある場所まで行きます。54靡・弥山。
右:ここから南進,お次は八経ヶ岳です。

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左:八経ヶ岳へ行く途中で,53靡・朝鮮ヶ岳遥拝所(標高1820m)と,
右:52靡・古今宿(標高1860m)を通過。

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左:そして近畿の最高峰,51靡・八経ヶ岳へ。東方には大台ケ原。

右:来し方を振り返ると,弥山の山頂小屋の奥に山上ヶ岳が見えていました。

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左:さて,釈迦ヶ岳がいよいよ間近になりました。あと2ふんばりくらいかな。
右:高山の森は下草が薄いので快適に辿れます。50靡・明星ヶ岳を通過。

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左:いよいよ前鬼が視界に入る。49靡・菊の窟は秘窟中の秘窟で,行った人は戻って来ないと言われており,今では所在は全くの不明です。遥拝だけしていきます。

下り基調の尾根筋を走り,48靡・禅師の森,47靡・五鈷峰を通過していきます。

右:そして尾根上が舟底のようにたわんだ,46靡・舟の多和。修験者は岩,木,地形など自然のあらゆる個所に神仏を見い出し,行場としてきたのでしょう。

45靡・七面山遥拝所,44靡・楊子の宿を通過。

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左:そして楊子ヶ宿小屋へ。ここで水を補給。最後の区間に備えます。
右:仏生ヶ岳への登り。明るく開けた森の中を行きます。

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左:道は尾根下をトラバースしているので,少し外れて登れば,峰中第二位の高峰で,43靡・仏生ヶ岳。

右:この頃からあれほど快晴だった空に雲が一気に広がり始めます。

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左:明日の行程を眺める。
右:来し方を振り返る。

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左:42靡・孔雀岳を通過。この辺りは気持ちの良い草原となっています。

右:そして両部分けの岩場。2m程下に降りて左側を巻きます。ここまでが金剛界,ここからは胎蔵界になります。宗教的な意味での中間地点です。

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左:41靡・空鉢(くうばち)岳。秘伝はこの手前の岩場の元にありました。

右:尾根上にはチャートの分厚い岩脈が障壁のように立ちはだかっているので,左から巻いていきます。

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左:最後の急登をこなし,
右:40靡・釈迦ヶ岳。これがあの釈迦像か~と感慨にふけります。

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左:雲の切れ間から一瞬だけ御光が射しこんできました。
右:とうとう玉置神社が出てきました。

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左:釈迦ヶ岳からは深仙の宿までは標高差で300m程の下りになります。その途中で,39靡・都津(とつ)門。かつては岩壁に空いた穴を潜って一周していたそうです。

右:深仙の宿を見下ろす。

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左:38靡・深仙(じんせん)の宿。ここは天台宗聖護院(本山派,熊野)にとって重要な儀式の場でありました。いくつも巡ってきた靡ですが,あと半分になってしまいました。

右:水がとれるので,ここを宿泊地とする人も多いようです。

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左:夜間走に備えて再び出発。ミツバツツジが実に鮮やかでした。九州のより色合いがひと際濃いです。

尾根上で,37靡・聖天の森,36靡・五角仙(岩場を通過する場所)を通過。そして35靡・大日岳を過ぎると,

右:とうとう太古の辻。ここが奥駈道の距離的な中間地点だと言われています。

標識に奥駈葉衣(はごろも)会とありますが,この会の長だった前田氏は南奥駈の復興に尽力した方で,後,その意思を受け継いだのが新宮山彦ぐるーぷの方々になります。役小角(えんのおづぬ,役行者)から始まり,聖宝,修験者,林実利,葉衣会,山彦ぐるーぷ・・・と1,000年以上に渡り連綿と受け継がれてきた「思い」に思いを馳せると,ここを辿らせてもらっていることへの感謝の念が湧き上がってきます。また,人々の揺るぎのない思いこそが,不滅なのかもしれないと実感します。

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左:熊野本宮まで45km,24時間。まだまだありますが,もうここまで来ました。

右:明日,登る予定の34靡・千手岳を横目に,前鬼へ足早に下っていきます。

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左:33靡・二つ岩(両童子岩)。両童子とは不動明王の従者である,制吒迦(せいたか)童子と矜羯羅(こんがら)童子です。異論はあると思いますが,先ほどの太古の辻にあったものではなく,ここを33番目の靡とみたいと思います。

右:急な谷間を木段でどんどん下っていくと,

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左:30靡・千草岳。場所は不明だったようですが,ここに落ち着いたのでしょうか。

右:傾斜が緩んでからも意外に長い。

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左:そして何とか日暮れ前に到着。
右:29靡・前鬼山。

という感じで何とか暗くなる前に前鬼・小仲坊(おなかぼう)に到着。

早速,女将さんにご挨拶して,風呂と食事を頂きます。

同宿は修験者2名と,奥駈者2名。美味しい食事を頂きながら色々なお話を聞かせてもらい,充実した山での一夜を過ごすことができました。今晩は暖かいお風呂に入り,暖かい布団で寝ることができる・・・それだけでもう幸せです。ありふれた日常の中の幸せに気づくこと・・・これも修験道の意義の一つなのでしょう。

★明日は後半戦の初日。前鬼周辺の靡を巡ったあと,太古の辻からできれば行仙小屋辺りまでは行けたらな,と思います。

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