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九州の溯渓

主に九州の溯渓記録を集めたものです。 良かったら覗いていって下さい。

2014年

今年ももう今日だけとなりました。一年は早いもので,また新しい年を迎えようとしています。

今思うのは,今年も生き抜くことができ,新しい年を迎えることができることへの感謝です。これでまた来年も未知なる沢を遡行して色々と経験できると思うと,ワクワクしてきます。また来年も今年以上に頑張ろうと思うことができます。生きていて健康であれば,色んな事を体験しそこから学び,先に進むことができます。

物質面では「もっと,もっと・・・」ではなく,「これで十分・・・」と足るを知り,精神面では「もうだめ・・・」ではなく,「まだやれる・・・」と不屈の心を持ち,行動面では「俺が俺が・・・」ではなく,「周囲への友愛」を旨とし,物心両面バランスよく生きること,そして世界では見られない,日本特有の素晴らしい四季の移ろいを楽しんでいけること,清濁併せそれらすべてを受け入れて,日々生かされていることに感謝すること。

これからも,そういう日々を送れたらな・・・と思っています。

最後に,2014年,こんなマニアの芳香漂う(臭いがきついだけ?)ブログを見に来てきれた皆さんに感謝するのと同時に,2015年,皆さんに幸多きことを祈念いたします。良いお年をお迎えください。

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日記 | コメント:0 | トラックバック:0 |

古道調査 in 日之影

さて今回も古道調査に行ってきました。

本来なら脊梁山地の三峠をめぐるランの予定でしたが,天気が思わしくなかったので延期して,一日でいける古道調査に転進しました。コースは煤市~出羽~夕が鶴。前回のコースの確認と,夕が鶴までのコースを確認しました。

ではどうぞ。

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左:煤市集落を見下ろしながら梅の木峠までの登りに入る。途中で地元の方に会い,ここぞとばかりに質問攻めにする。おそらく佐保さんだと思われますが,貴重な情報,ありがとうございました。

右:峠付近は伐採されて見る影もない。

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左:峠を越えて振り返ったところ。前回の冬日と違い,今日は陽光が降り注ぎ暖かい日となった。

右:出羽までは伐採地を通るので,道のほとんどは土がかぶって消失している。しかし,一部,それとかわる場所があるので,それらを繋げると,かつての古道が見えてくる。

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左:出羽からは植林帯を通る道となる。
右:大乗妙典一字一石供養(安政元年1854年)・・・災難除けの為に建てられたもの。

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左:道は幅1m程で,植林帯では今でも明瞭な踏み跡として残っている。
右:奥村林道から見立へ下る道に合流すると夕が鶴は近い。

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左:夕が鶴の集落を通る道が見立谷の所でカーブする所に,乙が渕への山道が分岐する。ここは次回の課題。
右:帰途は傾いた太陽に向かって走る。逆光の川面。

という感じで今日も無事に下山でき感謝。

残すは夕が鶴から乙が渕~奥村までとなりました。近いうちに調査したいと思います。

★次回は未定です。雪や氷結の状況が良ければ冬山に入ろうかと思っています。
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古道調査 in 日之影(宮崎)

さて,今回は古道調査をしてきました。
沢も終わったので今後はランと雪山中心になります。

コースは上川~旧出羽集落~出羽洞穴~梅の木峠~煤市~川の詰~上川の周遊コースになります。天気は晴/曇で,風が強く寒いですが,動いているとそこまで気になりません。

ではどうぞ。

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左:昨夜の雨は山間部では雪だったよう。12月に阿蘇がこんなになるのは珍しい。
右:登山口。民宿「河鹿荘」の前から取り付きます。

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左:尾根に取り付くまではわかりづらい個所があるが,取り付けば深く抉れた明瞭な道となる。

右:一登りで廃屋発見。この辺りがかつての出羽(いずるは)集落跡。最後まで残っていた人は1970年に麓の上川集落に降りたようなので,廃棄されて44年が経つ割にはしっかり立っている印象を受ける。

付近では谷口仁兵衛(熊本の菊池氏の家臣で,最初の入植者と考えられている)塚や,倒れていた鹿児島藩士の墓石などを見つけ,往時に思いを馳せる。特に「鹿児島藩」の表記は,現代の人からすると「薩摩藩じゃないの?」と思う人もいるかもしれませんが,明治期は鹿児島藩が正式な呼び名だったので,時代を感じてしまうのと同時に,故郷から遠く離れた地で眠る藩士に冥福を祈りたい気持ちになりました。

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左:廃屋から尾根を越え,沢沿いに少しの登りで出羽洞穴が現れる。旧石器~縄文時代にかけての人々の生活跡が見つかった,宮崎県内でも最古の遺跡です。

右:洞穴内部から外を見る。南面を向いているので日当たりが良く,すぐ傍に沢があるので水も得られます。昔の人はここで寝泊まりしながら,生活していたのか・・・。

ここからは煤市への古道を探しながら,伐採されて裸になった山腹をトラバースしていきます。

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左:振り返り,廃屋と洞穴の位置を確認する。上から見下ろす限り,古道の跡ははっきりしない。

右:梅の木峠。この付近には古道の跡が残っていた。煤市からここまで登り,トラバース気味に歩けば旧出羽集落に繋がる。

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左:峠からは走って帰る。南面に見えるのは洞岳。石灰岩の巨塔だ。
右:上川集落まで帰ってきた。今日も良かった。感謝。

という感じで,過去の人々の営みを感じながらの歴史ランでした。

歴史に埋もれた道を辿ることに関して,自分の中で,明確な理由は見つかっていませんが,無性に興味を惹かれています。人知れず忘れられていく,同じ人間の痕跡に対する虚無感でもあるのでしょうか。まあ,まだそれがはっきりと意識できる所までは来ていないので,考え込むのは置いておいて,行動することで答えを探していきたいと考えています。

★次回もランです。名づけて「脊梁山地三峠越ラン」。コースは砥用~二本杉峠~樅木~峰越峠~尾向~椎矢峠~内大臣~砥用の一周コースで,その間に脊梁山地を代表する三峠を越えていくものです。距離は約110km,時間は20時間とみています。ロード主体なので,トレイルに比べると気が楽な面があります。内面や外面,いろいろなことを全て受け止めて,楽しんで走りたいと思います。
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たかはた谷 in 日之影

さて今回は今年の沢納であり,かつ400本目の記念すべき沢でもあります。遡行先は「たかはた谷」になります。日之影川の上流部にある右岸支流です。

この辺りの開拓は,クワズル谷左右俣,見立谷,落水谷左右俣,大藪谷など2003~2004年にかけて集中的に行ったのですが,ここが残されていました。今日も気を引き締めて臨みたいと思います。

ではどうぞ。

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左:阿蘇の活動は相変わらず活発。
右:たかはた谷と日之影川の出合い。中央がたかはた谷になります。

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左:出だしからゴルジュ的な始まり。4m滝。
右:平ナメも現れる。

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左:3m滝と大釜。この谷は小滝+釜という造形が多い。南面を向いているので,冬場の遡行にもってこい。

右:しばらくで右岸に昔の民家跡があったので立ち寄る。ここが乙ヶ渕(おとがふち)と呼ばれてた場所。ずいぶん前に廃家となったようで,時の流れの中に埋もれ始めている。かつては今の県道とは別に山々に散在する,奥村~乙ヶ渕~夕が鶴~出羽~煤市を結ぶ山道があったようなので,この古道の調査もしてみたい。

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左:平ナメ区間はいい味を出している。

右:沢の核心部と思われる屈曲区間に入る。まずはこの6m滝。夏場なら釜を泳いで滝をシャワークライムといきたいところ。

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左:こういうのを見ると冬の足音を感じてしまう。

右:そして両岸の岩壁が急激に狭まると10m細滝の登場。これも夏場なら釜を泳いで滝芯をシャワークライムでいきたいところだが,右壁の中をトラバースして巻く。

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左:ゴルジュを抜けると再び平流。のんびりと歩を進める。

右:林道から上は植林で荒れているので,林道で切り上げる。下山はお決まりのラン。車まで約7.5kmを40分も走れば帰着。は~今日も無事に下山。

という感じで今日も無事に終えることができ,そして,遡行400本という一つの節目を終えることができ,感謝です。1998年に鹿児島の沢での初遡行以来,16年が経ちました。自分としては遡行数より,これまでたいしたケガなく遡行できたことの方が誇りです。

これまであっという間でしたが,まだまだ遡行に対する情熱はいささかも衰えてはいません。沢は色々な自然の造形を見せてくれ,人間の小ささを思い知らせてくれ,また自然の恩恵をも与えてくれる存在です。これからも気持ちが続く限り,沢に通い続けたいと思います。これこそが,自分の一生をかけてでも取り組みたいものです。今後は九州本土外での遡行頻度を上げていきたいと思います。

★次回からはトレランをお送りします。2月一杯まではトレランか雪山が活動の中心になります。

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浜辺の歌

さて今回は音楽ネタです。

予告通り「浜辺の歌」をお送りします。
成田為三作曲で,抒情的な響きが美しい旋律です。

「♪あした浜辺をさまよえば 昔のことぞ忍ばるる 風の音よ雲のさまよ 寄する波よかいの色も♪」 



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土呂久川 in 高千穂

さて今回は土呂久(とろく)川をお送りします。

土呂久は高千穂の奥の集落で,かつて砒素公害で有名になった所です。鉱物的には,日本ではここと山隣の尾平鉱山でしか採れず,かつてはダイヤの代替品としても使用されていたダンブリ石(ダンビュライト)でも有名です。

土呂久川の上流には楓谷や栂谷がありますが,それらは遡行済ですので,下部の残した区間を遡行してきました。最近は寒波の影響で急に冬型になりましたが,まだまだ遡行は続きます。

ではどうぞ。

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左:大岩が連なる溪相は男性的。
右:これは水線右手をシャワー。痺れるくらい水が冷たいが,今後の冬山のための耐寒トレーニング。

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左:ほっと一息つける感じ。
右:岩が埃っぽいと思っていたら阿蘇の火山灰がうっすらと乗っていた。

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左:足元はもう冬模様。
右:水たまりも徐々に凍り始めている。

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左:比較的たおやかな感じで土呂久橋まで続く。

右:下山は昔の杣道を使用。今年の5月に来た時にはヤブだったが,きれいに伐開されていてテープも付けられていた。地元の方に感謝。こんな道を使うのは,私みたいなよっぽどの物好きしかいないというのに,ありがたいことです。これで来春のUTSKO160km(祖母傾大崩一周)はこのルートを使うことに決定。蛍光テープを上の林道から付けてくる。

という感じでした。晴天が曇空になり,終いには雨が降り出す天気でしたが,冬の沢を楽しめました。

★次回はいよいよ記念すべき400本目の沢となります。沢を始めて16年目にしての一区切りです。

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ベートーヴェン 第九

さて今回は恒例の第九を聴きに行ってきました。
昨年は予定が合いませんでしたが,今年はOK。

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曲目は,序曲「コリオラン」と「交響曲第九番」。
序曲は毎年変わり,一昨年行った時には交響詩「フィンランディア」で,中学生の時に友人と行った時は「エグモント」序曲でした。まあメインは第九の第四楽章の歓喜の歌ですので,そこまで気持ちを盛り上げて聴ければOKです。

さて,お目当ての歓喜の歌はやはり凄すぎでした。あのパートは何百回聞いても鳥肌もので,感動を通り越えてくる感じでした。ベートーベンはよくぞあのような曲を作曲できたものだと今更ながら感心します。絶望を味わった人間だからこそ,暗闇の中で紡ぎだした真実の音なのだろうと思います。

またアンコールはなんと,歓喜の歌を全員で合唱するというもの(パンフレット案内に楽譜付き)。ここぞとばかりに大声で歌うことができ,非常に良かった選択でした。

できれば本場ドイツで,ベルリンフィルのオケを聴いてみたいなとふと思ったりもしました。彼の地での歓喜の歌はまた格別なのだろうと思います。

音楽ネタはご無沙汰でしたが,今後はもう少し頻度を上げてアップしていきたいと思います。次回は,日本の叙情歌の一つである「浜辺の歌」をアップ予定です。

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