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九州の溯渓

主に九州の溯渓記録を集めたものです。 良かったら覗いていって下さい。

九州北部旅 ❶

さて,今回は沢でもランでもない旅をお送りします。

やはり,右足首のシンスプリントの具合が思わしくないので,門司10kmレースはDNS(出走取り消し。Did Not Start)。完全に痛みが引くまではジョグも含めて一切走らず,水泳で代替トレーニングを継続。次は12/10の萩ハーフなので,それまでには走れる状態まで回復できれば・・・と思っています。

それではどうぞ。

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左:鮮やかな紅葉もいよいよ佳境。
右:まずはここ,大分市の塚野鉱泉。

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左:浴槽はこじんまりとしていますが,人気が少ないだけにゆっくりと浸かることができます。泉質は,含二酸化炭素-ナトリウム-塩化物・炭酸水素冷鉱泉。冷鉱泉〔15℃〕なので,加熱されています。総成分量が11,503mgあり,体液より濃い高張性で効能が高い湯です。塩分のとろみ,炭酸の清涼感は十分残存。

右:そして飲泉場。ここの湯はこの飲泉で有名なようです。冷鉱泉系はだいたい飲泉で有名な温泉が多いのが通例です。塩分と炭酸ガスがブレンドされた独特の味ですが,これが胃腸によく効くことが科学的にも実証されています。

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左:そして別府へ移動して,温泉保養センターへ。
右:ケロイド湯。見るからに硫化水素型の硫黄泉です。

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左:内湯の泥湯。

右:そして,広々とした露天泥湯。ここは日本最大の泥湯で,酸や硫化水素の恩恵を体中で受けることができます。

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左:お次はこんな裏路地を通り・・・

右:お目当ての弓松温泉へ。元々,地元専用温泉〔通称・ジモ泉〕でしたが,昨年から温泉道に加入して,一般の方も入浴可能になりました。ただし外部の入浴時間は14:00~16:00と短いのでマニア向けの湯です。

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左:新鮮な湯で貸し切り。最高の入浴環境です。

右:湯口には炭酸カルシウムによる析出物が。陽イオンのカルシウムイオンはそのままでは不安定なので,陰イオンの炭酸水素イオンなどと結びつきます。化学式は,Ca2+[カルシウムイオン] + 2HCO3-[炭酸水素イオン] → CaCO3 [炭酸カルシウム] + CO2[二酸化炭素] + H2O [水]。炭酸水素イオンは酸性域ではほとんど含まれないので,この手の泉質は中性~アルカリ性となります。これがあると湯のツルツル感が出なくなりますが,炎症などの鎮静効果が高まりますので,創傷などにはよく効きます。

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左:弓松温泉のあとはここ,的ヶ浜温泉。公民館の1Fにあります。先ほどの弓松温泉もそうですが,別府の共同浴場は,地域の公民館に併設されていることがよくあります。泉質は弓松温泉とほとんど同じです。

右:足元の歩道にはこんなものが。さすがは別府。

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左:湯めぐりのあとは宇佐市へ移動してここへ。宇佐神宮。
右:本殿へ向けてバッファゾーン〔神域と人域との緩衝地域〕を歩く。

ここで宇佐神宮について・・・

現在では伊勢神宮に次ぐ宗廟〔先祖の祭祀を行う場所。日本の場合は,天皇家の宗廟〕とされていますが,古代日本では間違いなく,信仰の出発地点だった場所です。

歴史で見ると,東大寺の大仏の金箔が不足した時に〔当時の金は輸入で入手〕,わざわざ宇佐神宮まで来て神託を授かり,その神託通り,現在の宮城県涌谷〔わくや〕町黄金山神社付近で国内初の砂金が発見されました。そのことで,752年4月に行われた大仏開眼法会では,大仏造営の功労から宇佐の八幡神を輿に載せて参詣したり〔神輿の語源はここから〕,宇佐神宮神託事件では,道鏡[天皇の座を狙っていたとされる仏僧]の処遇のための神託を授かったりと・・・近くに今で言う伊勢神宮があるにも関わらず,この宇佐神宮にお伺いを立てていることから,その格式は最上だったと窺い知れます。

また神社では通例,2礼2拍1礼ですが,これは大正~昭和期の規範統一の際に,全国的に整えられたもので,ここ宇佐神宮では2礼4拍1礼となっています。他にこの形式なのは出雲大社などです。確か,新潟の彌彦神社もそうだったと思います。向うに行った時にそういう話を聞いた記憶があります。

宇佐・・・とは元々地名ではなく,神の社を指す言葉だったようで,この辺りは菟狭〔うさ〕の国があったとされます。古代の北部九州には,奴国,吉野ケ里遺跡周辺の国,秦王国・・・などその後の日本の国家形成と関係の深い国があったとされます。

現存する風土記は5つ・・・播磨・常陸・出雲・肥前・豊後ですが,今の九州地方に関するものが2つ,それも長崎,佐賀,福岡,大分にまたがるものが残っている点も,古代日本における九州北部の重要性を今に伝えてくれています。天気と同じで,国家の中心は西から東へと,日本では移動してきているようにも思えます。

最後に・・・北九州市の八幡製鉄所。八幡と書いて,「はちまん」ではなく,「ヤハタ」。元々,三つの村〔尾倉・大蔵・枝光〕が合併した時に,それぞれ八幡〔はちまん〕神社があったことから,「八幡村」となったことが元々の由来です。「はちまん」か「ヤハタ」か。八幡神社には産土神〔うぶすながみ〕が祭られており,この神様は地縁の神。すなわち,この地に根を伸ばした秦氏と深い関係があります。おそらくはそういう経緯から〔または音の印象などもあったのかな?〕,「ヤハタ」になったと思われます。ヤ=多い,ハタ=秦氏。

北九州地区には秦氏との関係を伺わせる地名が多く残っており,例えば新門司港IC付近の「畑(はた)」。まさに秦氏との関係が一目でかわる地名です。または,「小森江」。門司レトロマラソンの駐車場がある付近ですが,これは「高麗(こま)の入り江」〔こまのいりえ→こまいりえ→こもりえ〕が語源だそうです。いや~奥が深い。

さて閑話休題。話を進めます。

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左:境内の黄葉は盛りを過ぎた頃だが,十分に美しい。
右:これも。

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左:いい感じ。
右:いよいよ神域へ。この辺りから空気感が違ってくる。

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左:音を立てると周囲の空気感を壊してしまいそうで怖い。
右:唐破風造りの朱門。

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左:そして上宮へ。

右:片隅には巨大なクスノキが鎮座。ここの持つ空気感は,高野山の奥之院のものと同じ気がする。

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左:黄昏に浮かび上がる紅葉。
右:紅葉という見事な死装束。生けるものの死とは本来,とても崇高なもの。

初めての訪問でしたが,やはりここは格が違いますね。建造物自体もそうですが,そこに内在する空気感が特に凄い。高野山・奥之院でも感じましたが,足音を立てることすら憚られる静謐感,見えぬが感じるものへの畏怖感・・・疲れました。

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左:神宮参拝後は,金屋〔かなや〕温泉へ。ナトリウム‐マグネシウム‐炭酸水素塩泉です。長湯と同系で,やや弱めといった感じの名湯でした。

右:地元の人が多い割には混雑していないのが良かった。

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左:締めは,まほろば温泉・菟狭。まほろば・・・とは古代日本語で,日本の風土や日本人の心を礼賛する言葉で,菟狭とはかつてこの地にあったとされる古代の国。歴史的に深いネーミングです。先ほどの金屋温泉と同泉質ですが,カルシウムイオンが金屋温泉より多いぶん,析出物も多めでした。今日は温泉の日で料金が安かったせいか,立錐の余地もないほど,人で一杯でした。

右:そして中津へ。中津と言えば『からあげ』。もり山のからあげは全国的に有名。揚げたてで,確かに美味しかった。

という感じでした。たまにはこういうのもいいですね。明日はいよいよメインの相島〔あいのしま〕です。これでピンと来る人は,なかなかやるニャーって感じかな?

★というわけで,明日は中津城,福沢諭吉記念館,柿下温泉,そして相島〔←ここがメイン〕をお送りしたいと思います。
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